戦国日誌が選ぶ「戦国武将ランキング」

ランキング
ひろ
ひろ

いままで、たくさんの戦国武将について紹介してきたよ

今回は僕が好きな戦国武将を独断と偏見で厳選したから

好きなポイントと合わせてみていってください

織田信長
織田信長

わしは当然はいっておるじゃろな?

入ってなかったら切腹じゃぞ

ひろ
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まあまあ

とにかく戦国武将をみていこう!

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第16-20位

第20位

松永久秀

松永久秀は織田信長に二度も反旗を翻しました。二度目は織田信長が欲した茶器とともに爆死したというインパクトのある武将。

ひろ
ひろ

久秀はインパクトある武将ですね

第19位

北条早雲

北条早雲は関東で下剋上を起こして成り上がった戦国武将第一号早雲は50歳頃から精力的に活動し、88歳まで戦い続け「北条100年」の繁栄を築きました

ひろ
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北条早雲が関東に下剋上の風を吹かせたといっても過言ではないな

第18位

竹中半兵衛

豊臣秀吉軍師であり、黒田官兵衛の盟友。たった17人で斎藤龍興の城を奪還するなど、非常に賢い武将でした。病気ですぐに亡くなってしまったことが残念です。

ひろ
ひろ

病気でも最期まで陣中にいて

武士らしく亡くなったよ

第17位

蒲生氏郷

蒲生氏郷は織田信長に取り立てられて出世しました。本能寺の変後は豊臣秀吉に仕えて豊臣政権を支え、統治の難しい会津(福島県)で善政を敷いています。氏郷の死後、秀吉は暴走してしまいました。

織田信長
織田信長

わしが寵愛していた者の1人じゃ

第16位

山中鹿介

山中鹿介は尼子家に仕えた武将。主家の尼子家は毛利家に滅ぼされてしまったが、それでも鹿介はお家復興を諦めませんでした。その執着心がものすごく、最終的毛利家の吉川元春に恐れられて討ち取られてしまいました。

ひろ
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鹿介の苦労は

三日月に「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったことが原因とか

第10-15位

第15位

豊臣秀吉

豊臣秀吉は戦国時代一の成り上がり武将人たらし行動力で一気に天下人にまで上り詰めました。晩年の暴政が悔やまれます。

ひろ
ひろ

秀吉ほど出世した武将はいないんじゃないかな

第14位

大谷吉継

大谷吉継は石田三成の盟友であり、優秀な軍師。豊臣秀吉が「大谷吉継には100万もの兵を指揮させたい」といったほどです。

ひろ
ひろ

三成と固い絆で結ばれていて

負けるとわかっていても関ヶ原の戦いで西軍に味方したぞ

第13位

足利義輝

足利義輝は剣豪・塚原卜伝に剣術を習った室町幕府13代目将軍三好義継に襲われたときには何十人も斬り倒し、剣豪将軍といわれました。

織田信長
織田信長

三好長慶に翻弄された生涯じゃったな

第12位

水野勝成

水野勝成は元祖破天荒戦国武将徳川家康の家臣の子として生まれましたが、父と喧嘩したことにより、各地を放浪。その間にたくましくなり、関ヶ原の戦いや大坂の陣で活躍しました。

ひろ
ひろ

破天荒すぎるエピソードがいくつもあるから

水野勝成の生涯は要チェックだよ

第11位

武田信玄

武田信玄は優秀な家臣をまとめ上げて戦国有数の軍隊を作り、領土を拡大した戦国武将。若き徳川家康に大勝利し、織田信長は信玄との合戦を避けていたほど。

織田信長
織田信長

信玄の子・勝頼も優秀じゃったが

信玄ほどではなくて助かった

第10位

立花宗茂

立花宗茂は西日本最強の戦国武将といわれ、主家・大友家を支えた武将。朝鮮出兵では明の大軍相手にひけをとらない戦いを繰り広げています。関ヶ原の戦いでは豊臣秀吉に恩を返すため西軍に属すも、敗れてしまい浪人に転落。ところが、本多忠勝加藤清正などの要請により再び大名に返り咲き、大坂の陣で完全復活を遂げた大名です。その後は天草の乱でも活躍しています。

ここ好きポイント

ひろ
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立花宗茂は武勇に優れた武将

浪人へと転落しても、その武勇を認める人がたくさんいて

さらに人柄が良いから大名へと復帰できたのはすばらしい

立花宗茂。宗茂は領内で善政を敷いて
領民に慕われていた。(歌川芳虎)

第9位

上杉謙信

上杉謙信は不敗伝説を持つ戦国最強の武将武田信玄とはライバルで川中島では5度にもわたって激闘を繰り広げました。その過程で謙信と信玄は互いに認め合あっていました。

信玄がなくなる時、信玄は跡取りの武田勝頼に向かって「困ったら謙信を頼れ」と伝え、謙信は信玄の訃報をきいて泣き叫んだといいます

また戦国最強の通り、織田軍と合戦を繰り広げても勝利し、「信長も大したことがないな」と吐き捨てたといいます。

ここ好きポイント

ひろ
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上杉謙信は味方を助けるため、たった数騎で北条軍数万が包囲する城に乗り込んだけど

謙信は毘沙門天の加護があるからといって無傷で城への侵入に成功し

城を奪還して味方を救ったのはかっこいい

上杉謙信。謙信の最大の汚点は生涯不犯
を貫いたこと。(月岡芳年作)

第8位

太原雪斎

太原雪斎は今川家の重臣の子として生まれるも、出家して僧侶となっていました。ところが、その才能を買われて、今川義元の家庭教師となっています。義元は五男であったため、今川家の当主とは無縁であったにも関わらず、雪斎は義元を支援して家督争いに勝利し、義元を今川家の当主に仕立ています。また、武田信玄、北条氏康、今川義元の大名による甲相駿三国同盟を成立させるという偉業を成し遂げました。

ここが好きポイント

ひろ
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太原雪斎は「黒衣の宰相」といわれ、今川義元にはなくてはならない軍師

その軍師を失った今川家は急速に衰えるほど、雪斎の手腕は素晴らしかったといえるね

太原雪斎。若き日の徳川家康の指導もしていた。
(臨済寺)

第7位

毛利元就

毛利元就が生まれた頃の毛利家は中国地方の小さな領主に過ぎませんでした。ところが、毛利元就の謀略により、勢力を拡大してゆきます。

謀反を起こして大内家を乗っ取った陶晴賢厳島の戦いを繰り広げていたとき、元就の謀略が最大限発揮されました。その後、元就は中国地方の大大名であった尼子家を討ち破り、強い毛利家を完成させます。

ここが好きポイント

ひろ
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毛利元就は戦国武将の中で最も勝率が高く、8割を超えています

これは元就の謀略により成せる技だと思うよ

毛利元就。若い頃は貧しすぎて
乞食若殿といわれていた。(毛利博物館蔵)

第6位

伊達政宗

伊達政宗は幼い頃に天然痘にかかり右目を失ってしまいます。そのことで、母に嫌われてしまいますが、東北地方の敵対勢力を徹底的に討伐してゆきました。

ところが若くして奥州筆頭となるも、天下の豊臣秀吉にねじ伏せられてしまい、天下統一の野望は潰えてしまいます。それでも、ひたすらに天下を狙い続けましたが、大坂の陣が終わりとともにその夢は終わってしまいます。

ここが好きポイント

ひろ
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伊達政宗は革新的な武将

家臣の支倉常長をローマに送ったりと日本の近代化に貢献しているぞ

伊達政宗。晩年は趣味に時間を費やした。
(東福寺霊源院蔵)

第5位

黒田官兵衛

黒田官兵衛は播磨(兵庫県)に生まれ、姫路城城代を務めました。織田信長が台頭してくると、豊臣秀吉の軍師となり、水攻めや兵糧攻めを敢行し、戦わずして勝つ戦法で豊臣軍を勝利に導きました。豊臣秀吉の死後は関ヶ原の戦いの際に天下を取ろうと目論むも、思っていた以上に合戦がすぐに終わってしまったため、その野望は失敗してしまいます。

ここが好きポイント

ひろ
ひろ

官兵衛は主君・豊臣秀吉に恐れられるほど軍師としての実力がありながら

しかも誠実だったんだよ

黒田官兵衛。荒木村重に幽閉されて
足が不自由になってしまった。(福岡市博物館蔵)

第4位

宇喜多直家

宇喜多直家は裏切りと謀略で成り上がった下剋上武将。極悪人として描かれることも多い武将ですが、それは幼い頃に苦労したからこそで、小さな家に生まれては正攻法では勢力を拡大できないため、せこい謀略を利用しました。とはいえ、直家が領民や一族と接する時は優しかったようです。

ここが好きポイント

ひろ
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宇喜多直家が蹴落とした武将たち

島村盛実・・・濡れ衣を着せて自害に追い込む。(祖父の仇を討つ)

中山信正・・・直家からの謀略をさけるために、娘を直家と結婚させるも謀反の疑いをかけられ殺害。

穝所職経さいしょもとつね・・・美少年・岡清三郎を送りこんで暗殺。

三村家親・・・スナイパーを雇い暗殺。

松田元輝・元賢・・・鹿狩り中に松田家の重臣が射殺。松田家内を混乱させ、松田家の家臣・伊賀久隆に寝返らせて撃破。(元賢の正室だった直家の妹は自害)

金光宗高・・・毛利家との内通の疑いをかけられ切腹。(直家は岡山城を手に入れる)

伊賀久隆・・・毒殺?(後継者の秀家へ反旗を翻さないように排除された)

目を付けたら仕留めるところがすごい武将

宇喜多直家。直家の弟は兄に暗殺されることを恐れて
常に楔帷子を身に着けていた。(wikipedia)

第3位

織田信長

織田信長
織田信長

まさかの3位か、、、

織田信長は桶狭間の戦い今川義元を討ち破り台頭した武将。勢いに乗った信長は斎藤家、浅井家、朝倉家など、次々と敵対する勢力を討ち破っていきました。

さらに、足利将軍を追放し室町幕府を終わらせて、日本に近代化の風を吹かせました。家臣の明智光秀の裏切りを予想できなかったことが最大の汚点。

ここが好きポイント

ひろ
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革新的な武将で、南蛮貿易によって、海外製品を多数輸入

そのために商業の中心地の堺を押さえるという

すぐれた政治手腕を持ち合わせていたぞ

織田信長。信長が強いのは経済力があるからこそ。
(長興寺蔵)

第2位

細川政元

細川政元は室町幕府管領かんれい・細川家に生まれました。将軍・足利義材を追放して新たな将軍・足利義澄を立てて、室町幕府ナンバー2にまで上り詰めます。

ところが、晩年は政治への興味を失い、呆れた家臣の謀反に遭って亡くなってしまいました。

ここが好きポイント

ひろ
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細川政元はこれほどの実力があるにも関わらず

どっぷり修験道にはまってしまったんだ

細川政元。修験道にはまって、妻を持たなかった。
(龍安寺蔵)

第1位

本多忠勝

本多忠勝は徳川家康の重臣。本多忠勝は生涯57回にも渡る合戦に出陣したが、一度たりとも傷を負っていません。しかも、合戦を遠くから見ていたのではなく、加藤清正真柄直隆と一騎討ちをしたり、大変な殿しんがり(軍の最後尾)を務めたりしました。

ここが好きポイント

ひろ
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本多忠勝が単騎で数万もの豊臣軍に突撃したとき

豊臣秀吉は忠勝の武勇を知っていたため

自軍の兵に忠勝と戦わせることをやめさせるほど強い武将!!

本多忠勝。晩年、小刀で木彫りしている
ときに傷を負ってしまった。(良玄寺蔵)

まとめ

ひろ
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みなさんはどの戦国武将が好きですか?

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