戦国時代の過酷過ぎるトイレ事情とは?

戦国小話
ひろ
ひろ

人あるところにトイレあり!

戦国時代の人々はどうやって用をたしていたんだろう?

織田信長
織田信長

戦国時代にもトイレはあったんじゃが

戦場はとても大変じゃったぞ

ひろ
ひろ

大変そうだね

今回は戦国時代の人々がどうやって用をたしていたのかを調べてみました!

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戦国時代のトイレ事情

戦国時代、トイレは「かわや」と呼ばれており、「」、「交屋」、「川屋と表記された。今回は厠と表記した。

ひろ
ひろ

武士と庶民のそれぞれのトイレ事情をみてみましょう!

武士のトイレ事情

武士たちは屋敷に備え付けの厠を使用していた。現在と同じように壁に囲まれた部屋があり、厠は和式のボットン便所であった。排泄された便は汲み取られて肥料火薬に利用されたという。

ひろ
ひろ

便の再利用については後ほど!

また大名クラスとなると、厠は樋箱ひばこといわれる持ち運び式のトイレも使用されていた。樋箱は部屋に置かれており、オマルのような簡易的なトイレであったという。排泄物のにおいがきついため砂をかぶせていた。さらに家臣は主君がいたした後、お尻を拭いてあげることもあった。夏場の暑い時はうちわであおいで、涼しさを保った。

城にあった厠。
樋箱。

庶民のトイレ事情

庶民のトイレは道端に簡易的な共同の厠が存在した。辻便所といわれ、現代でいう公衆便所。仕切りが三方向しかなく、見方によっては丸見えであった。

織田信長
織田信長

現代は4方向仕切られていて

よかったの

ひろ
ひろ

現代日本のトイレはいたれり尽くせりなのかも、、、

辻便所。仕切りが3方向しかない。

合戦中のトイレ事情

ひろ
ひろ

厠がある日常はいいけど

厠がない合戦中はどのように排泄していたんでしょう

戦場ではいつ敵に襲われるかわからないため、なんと茂みに隠れてこっそり排泄していたという。しかも、排泄物をその場に残しているのも危険。猟師はフンで獲物の居場所を察知することができるという。人間も同じで、「排泄してからそう時間が経っていない」ということは、近くに誰かがいるとわかってしまう。つまり、排泄物は敵に居場所を知らせる情報源となってしまい危険であった。

織田信長
織田信長

便は土の中に埋めないといけないんじゃ

また、戦場では尿は貴重だった。合戦中、水は必要だったが、たくさん持ち歩くことはできない。そのため、尿を竹筒にためて活用していた

1つは傷を負ったときに尿をかけて洗っていた。もう1つは飲み水としても活用していた。尿の98%が水分であるため、水を飲むのとそう変わらないともいえそう。。。

ひろ
ひろ

尿には血栓を溶かす成分や貧血を防ぐ成分が含まれているとか

排泄物の再利用

ひろ
ひろ

戦国時代、排泄物は再利用されていたんです!

再利用方法を2つ紹介!!

合戦に必要なものの1つの火薬は硝石から作られていた。この硝石を人工的に製造するために人間の排泄物が使用された。厠から便を汲み取り、そこに木の葉や石灰石を混ぜることにより製造された。また、死体を混ぜることで、便の分解を早める効果もあったという。

ひろ
ひろ

死体を混ぜるのは恐ろしいけど

1箇所に集まることで感染症を防げるんだよね

また、排泄物は肥料としても使用されていた。糞尿を田畑に撒くことで、農地が肥沃になり、作物が美味しく育った。しかし、この方法には欠点があった。戦国時代の人々は回虫に寄生されている割合が高く、その人たちの便を使用した肥料にも回虫が含まれており、農作物に回虫がついて、再び回虫を摂取してしまう悪循環に陥ってしまう。そのため、栄養価の高い排泄物は売買されており、上級武士や豪商の便は高い値段で取引されていた。

織田信長
織田信長

排泄物は信じられない価格で取引されていたんじゃ

排泄物の再利用。(滑稽臍栗毛)

戦国武将はトイレに籠るのが大好き!?

戦国最強の武田騎馬隊を率いた武田信玄は厠に籠るのが大好きだったと言われている。信玄は日本で初めて水洗トイレを使用したいわれ、厠には朝昼晩お香が焚かれていた。信玄は厠で合戦の戦術を練り、書簡も読んでいたという。

また、加藤清正は痔に悩まされており、かなり長い時間厠に籠っていた。そのせいで、厠に行くとなかなか戻ってこず、軍議のために家臣を厠に呼び出すこともあった。

ひろ
ひろ

伊達政宗も厠で夕飯の料理を考えるのが好きだったよ

トイレ不足で落城!?

トイレは人間の生活に欠かせないもの。しかし、このトイレが不足して戦に負けてしまった武将がいた。

室町幕府の管領を務めるほどの名門家であった畠山家は七尾城を居城としていた。織田信長が台頭していた頃、七尾城は上杉謙信に攻め込まれ、畠山家は民とともに七尾城に籠城した。

しかし、これだけの人が籠城すれば、食糧不足に陥る。もちろんトイレ不足も。トイレが不足してしまったために、城に排泄物が溢れてしまった。そのせいで、城内疫病が広まり、城主も病に倒れてしまった。この混乱に乗じて、畠山家内に裏切り者が反乱を起こし、上杉謙信が勝利した。

織田信長
織田信長

厠不足で戦に負けてしもうたんじゃ

ひろ
ひろ

上杉謙信でも陥落させるのに1年間もかかる

防御力の高い城だったのに残念だな

まとめ

今回は戦国時代のトイレ事情について紹介した。日本は世界的にみても衛生管理が古代から発展した国だった。中世のフランスでは道端に便を捨てていたが、日本は下水処理が発展し、疫病が流行りにくかった。これは現代、日本でコロナが蔓延しづらかった要因の1つだろう。

ひろ
ひろ

日本人は家に帰っても靴を脱ぐし

とても衛生的な国ですね

コメント