[きつすぎる!?]戦国武将の1日のルーティンとは

戦国小話
ひろ
ひろ

戦国武将たちの1日はどんな感じなんだろう?

豊臣秀吉
豊臣秀吉

ずっと合戦ばかりしてるわけではないぞ

もちろん織田軍にいたころは合戦に明け暮れておったがのー

ひろ
ひろ

ドラマ小説では描かれない

戦国武将の1日をみていこう!

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戦国武将の朝は早い!!

武将は朝3時に起きます。これは夜襲に備えるためで、なるべく早くに起床して身体を温めていました。夜襲は深夜のイメージがありますが、寝起きを襲うことのほうが多かったようです

ひろ
ひろ

深夜はまだ眠りが浅いから

寝ぼけず戦えるらしいぞ

朝3時に起きた武将は見回りを行い、汚れているところがあれば部下に掃除をさせました。そして、武士でも農作業を行います。これは、夜襲に対する見回りをかねて田畑を荒らしてくるものを監視するためです。その後、神仏に礼拝して自分と向き合い、他人へ誠実に接する心をみがきます。

豊臣秀吉
豊臣秀吉

武将は朝からやることが多いんじゃ

朝6時頃になると主君朝ごはんを食べます。この時に政務の打ち合わせを行いました。また、武士は朝ご飯からお酒を飲むため、主君と朝ごはんを食べる前に少しご飯を食べる者もいたようです

ひろ
ひろ

胃がからっぽの状態でお酒を飲むと酔っちゃうしなー

伊達政宗。美食家であったといわれている。(東福寺霊源院蔵)

日中の武士

朝ごはんと会議を終えると、武士は仕事にとりかかります。主君から任務を受けていればそれを遂行し、なければ領内の問題を解決してゆきます。戦国時代では領民同士がいがみ合いから、すぐに戦に発展してしまうため、領内のマネジメントは命懸けでした

豊臣秀吉
豊臣秀吉

領民同士の戦が起きると負けた方は

逃亡してしまい税収が減って大変なんじゃ

領地を持っていない武将は土地の有力者に困りごとを聞いて、問題解決を行なっていました。また、空き時間には武術の稽古和歌の勉強をしたりして、立身出世に励む者もいました

また、武士はよく領内を練り歩いていました。領内を見回ることで土地勘をつけ、いつ起こるかわからない合戦に備えていました。

ひろ
ひろ

土地勘のある武士は土地勘のない武士の100倍の働きをするみたい

織田信長。朝早くに起きて、片道4キロの道を
馬で駆けまわっていた。

武士退社!

朝早くから活動していた武士たちは、14時頃には仕事を切りあげて帰宅します。そして、夕食を食べます。昼食のような時間帯ですが、当時は1日2食が一般的でした。

ひろ
ひろ

夕食もお酒を飲んでいたみたい

豊臣秀吉
豊臣秀吉

飲まんとやっていけんのじゃ

14時から18時は部下たちの面倒や相談に乗りながら過ごします。そして、18時になると緊急の業務を除いて武将の業務は完全に終了します。当時は現代とは違っての灯りやろうそくの灯りくらいしか照らすものがありません。18時をすぎると、訪問していたものは家路につくか泊まっていくかを判断し、深夜に帰ることは避けました。

ひろ
ひろ

深夜は夜襲に遭うから危険だよ

そして、20時には就寝します。この時間に寝ると3時に起きても7時間ほど睡眠することが可能です。また、20時に全員が就寝するのではなく、交代で見回りを行い夜襲を警戒しました。

ひろ
ひろ

戦国武将はきっちりとした生活を送っていたんだなー

北条早雲。寝坊は指導者としての信頼を失い
夜ふかしは薪の無駄使いと考えていた。
(小田原城所蔵)

まとめ

戦国武将の1日のスケジュールを紹介しました。名の知れた戦国武将ほど、朝早くに起きる健康的な暮らしをしている武将が多いイメージです。ドラマや小説では勇猛果敢戦国武将たちも、天下を掴むに地道な日々の鍛錬を怠らなかったのでしょう。

ひろ
ひろ

健康に気をつかった武将といえば、

徳川家康織田信長伊達政宗毛利元就がいるね

豊臣秀吉
豊臣秀吉

なかには、酒を飲みすぎて早死したやつもいるがな

上杉謙信。毎日酒を飲み、味の濃い肴を食べすぎて
亡くなった。(上杉神社)

コメント