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[過酷]戦国時代の農民の1日ルーティンとは?

戦国小話
ひろ
ひろ

戦国武将の暮らしぶりはドラマ小説で描かれることも多いから想像つくけど

農民の暮らしは全然わからないなー

豊臣秀吉
豊臣秀吉

農民たちは非常に貧しい暮らしをしているものもいれば

比較的裕福に暮らしておるものもいたんじゃ

ひろ
ひろ

戦国時代の日本の人口が1200万人

その9割を占めていたのが農民だったから、いろんな人がいて当然だな

そんな農民たちの暮らしぶりをみていこう

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農民たちの朝は早い

農民たちの朝は早く、朝3時に起床します。これは、農民たちが野盗近隣の村からの夜襲を警戒するためです。

戦国時代は現代のように食糧が豊富な時代ではなく、飢えに苦しむ人々がたくさんいました。また、合戦で領地を奪われた人々には帰る家がありません。そんな人々は夜盗となり、夜襲を仕掛けて食糧を奪いました。

豊臣秀吉
豊臣秀吉

夜襲をする方は後がないんじゃよ

ひろ
ひろ

武将たちも朝早くに起きて

夜襲を警戒していたね

農民たちは朝からを浴びます。今でいうと朝シャンです。シャンプーやボディソープはないため、やり方はシンプルに井戸水を頭からかぶるだけです。夏は気持ちいいでしょうが、冬は凍えそうです。また、温かい風呂に入れるのは一部の権力者だけでした。

ひろ
ひろ

うー寒そう、、、

朝の水浴びを終えると、農民たちは朝ごはんを食べ始めます。当時は朝と夜だけの1日2食で、主食多めの食事でした主食となるのはあわひえ雑穀で、納税のために必要な白米は食べることができませんでした。

また、当時の農民たちの食事スタイルは主食、味噌汁と漬け物。とても質素ですが、味噌汁にはたくさんの野菜が入っており、主食のご飯2合ほど食べていました。

ひろ
ひろ

農民たちは主食を1日4〜5合食べていたみたい

農民たちは朝6時に出社します。現在のようにトラクターやコンバインもない時代だったため、全て手作業で農業を行っていました。とても過酷な作業だったため、ほとんどの農民は筋肉がしっかりとしていたようです。

ひろ
ひろ

ドラマなどでは農民たちはほっそりしているけど

農作業してたら筋肉ムキムキになるよね

夕方4時頃になると農作業を終えて、農民たちは家に帰ってご飯を食べます。

ご飯を食べ終えた農民たちが夜にしていたことは夜這いです。江戸時代になると夜這い文化は廃れてしまいますが、戦国時代では盛んに行われていました。

そして、明かりがなく夜は妖怪もののけがでて危険と考えられていたため、夜7時には就寝します。また、ドラマなどでは布団で寝ている描写がありますが、戦国時代には布団がなく江戸時代から普及しました。そのため、武将たちは畳の上で寝て、お金のない農民たちは床で寝ることになります。

ひろ
ひろ

普通は農業をしているけど

城作りのときには殿様に駆り出されたり、兵士として合戦に出陣することもあったよ

豊臣秀吉
豊臣秀吉

女たちは家で布を織ることが仕事じゃ

米騒動(打ちこわし)白米を納めているのは農民にも関わらず、
武士たちが米を高値で農民に売りつけることに反発。

合戦の中の農民たち

戦国時代には至るところで合戦が繰り広げられていました。農民たちは合戦を一大イベントと捉え、オリンピックのように観戦していたとも言われています。

豊臣秀吉
豊臣秀吉

農地で合戦されるとひとたまりもないぞ

時には、農民たちも戦を起こすことがあり、有名なのが一揆。また、徳川家康前田利家を苦しめさせたのが浄土真宗の農民による一向一揆がありました。

また、飢饉に見舞われた農民たちは食糧を求めて、隣の村に争いを仕掛けます。そのため、農民たちは刀や槍を所有していました。

豊臣秀吉
豊臣秀吉

農民たちが一揆などの争いを起こすを大変じゃから

わしは武器を取り上げたんじゃ

三河一向一揆。徳川家康を苦しめた一向一揆。徳川家の家臣の大半が一揆側についた。(大樹寺御難戦之図)

過酷すぎる開拓農民

ひろ
ひろ

これまで農地を持っている農民を紹介してきたよ

次は農地がない農民・開拓農民を紹介するぞ

戦国時代には戦乱に追われたもの、納税が厳しすぎて逃亡したもの、新しい土地を開拓した農民がいました。彼らは村には住めないため、山奥山頂付近で暮らしていました。

ひろ
ひろ

もともと住んでいる農民とは離れたところに暮らしていたんだな

開拓農民は家を建てる技術を持っていないものが多かったため、村にいる農民より家はかなりボロかったようです。また、山奥や山頂付近で暮らしているため、イノシシなどの獣にも襲われる危険がありました。そこで、開拓農民たちは交代で睡眠をとって警備する必要があり、睡眠時間は普通の農民よりかなりきつかったようです。

ひろ
ひろ

開拓農民はゆっくり眠れないなー

ふつうの農民は井戸水で朝水浴びをしますが、開拓農民は井戸を持っていないため川の水を浴びます。しかし、小石や虫が混ざっていたため、井戸水より汚かったようです。

また、開拓農民には農地がないため、もともと持っていた食糧を切り崩してゆくか、木の実きのこを狩ったりしながら食事をとっていました。

ひろ
ひろ

開拓農民たちは決まった時間にご飯を食べることすらできないなんて

開拓農民たちは農地を持っていないため、耕す土地がありません。そのため、木を切り倒して更地を作ることが仕事になります。しかし、チェーンソーがない時代では木を切り倒すのはとても大変で、木の根っこを引っこ抜くのはかなり大変だったようです。

豊臣秀吉
豊臣秀吉

切り倒した木はになって

木の中からは食料となる虫がでてくるんじゃ

1日の仕事を終えた開拓農民たちも帰宅。彼らは村の農民のように夜這いする余裕もないため、基本的に就寝していたそうです。ところが、開拓が成功すれば他に娯楽がないため、夜這いが盛んだったとも言われています。

ひろ
ひろ

開拓農民たちは村の農民より何倍も大変だな

夜這い。男性が強引に女性のもとに出向くのではなく、事前に許可をとっていました。また、夜這いのルールを破ったものは村八分にされたといいます。

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