戦国時代の恐ろしい処刑方法 5選!!

戦国小話
ひろ
ひろ

戦国時代はいつ裏切られるかわからない世の中だったから

みせしめのために現代では思いつかないような処刑法がいくつもあったみたいや

徳川家康
徳川家康

大名はいつ敵にやられるかわからない世の中だから仕方がないんじゃ

ひろ
ひろ

それでは戦国時代に行われた恐ろしすぎる処刑方法を見ていこう!

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切腹

武士が主に行った処刑方法。武士たちは切腹という行為に美学忠義誇りなどの気高い精神を見出していたといいます。また切腹の起源は古く、源義経が最初に行ったとされています。

徳川家康
徳川家康

切腹した人を楽にするため首を切り落とす介錯がついておったんじゃが

首を切り落とすのはかなりの熟練者じゃないと切り落とすのは難しいんじゃよ

清水宗治。城兵の開放と引き換えに切腹した。(落合芳幾画)

火刑

火刑は主に放火を行ったものに処された刑。罪人は市中引き回しの後、竹枠で組まれた柱に縛りつけられます。そして竹枠に藁をつまれ、火をつけられたといいます。なかなか絶命しない苦しい刑でした。

ひろ
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江戸時代には残酷すぎるということであまり行われなくなったそうやで

比叡山延暦寺。織田信長は敵対していた比叡山の僧侶を寺に閉じ込めて火を焼き放った。(比叡山)

穴吊るしの刑

江戸時代に入ってから隠れキリシタン棄教を迫るために行われた処刑法。罪人は地面に空いた穴へ逆さに吊るされました。さらに罪人がすぐに亡くならないようにこめかみに少し穴を開けていたともいわれています。

痛みに耐えられないキリシタンは処刑中に棄教することで解放されました。この処刑法は亡くなるのに4日ほどかかる刑法であったといわれています。

ひろ
ひろ

ほとんどのキリシタンは棄教したけど

ローマに出向いた中浦ジュリアンは耐え続けて亡くなったというよ

中浦ジュリアン。天正遺欧少年使節団としてローマまで出向いた。(wikipedia)

釜茹での刑

戦国時代に現れた天下の大泥棒石川五右衛門に行われた刑法です。五右衛門は市中引き回しの後、三条河原で子どもと一緒に処刑されました。通説では熱湯で茹でられたといわれていますが、実際にはで揚げられた説が有力となっています。

ひろ
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五右衛門はあまりの熱さに子どもを下敷きにしたというよ

石川五右衛門。五右衛門風呂は石川五右衛門の釜茹でが由来。(一陽斎豊国作)

鋸引きの刑

もっとも重い刑罰である鋸引きの刑。織田信長徳川家康が行ったことで有名です。

罪人は立った状態で土の中に埋められ、だけが出て身動きの取れない状態にさせられます。そして、あえて切れ味の悪くした鋸引きで徐々に罪人の首を切っていくという刑法。罪人を苦しめるため、被害者の親族通行人に1回か2回ずつひかせ、ゆっくりゆっくりと処刑したといいます。

ひろ
ひろ

これは本当に恐ろしい刑やなー

罪人は亡くなるのに7日はかかったというぞ

鋸挽き。ヨーロッパや中国でも行われた。

まとめ

戦国時代の恐ろしい処刑はみせしめが目的で行われました。大名たちは、残忍な行為をとらないと天下は治められないと考えていたのでしょう。

ひろ
ひろ

現代では考えられないくらい恐ろしいなー

コメント

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